APG分類
はじめに
APG(Angiosperm Phylogeny Group)は、被子植物の分類体系を分子系統学的証拠に基づいて再構築することを目的として1990年代後半に設立された国際的な研究グループです。従来の形態学的特徴に重点を置いた分類体系とは異なり、DNA や RNA 配列の解析結果を主要な根拠として、被子植物の進化系統関係を反映した自然分類の確立を目指しています(Angiosperm Phylogeny Group, 1998)。
APGは1998年の初版(APG I)から2016年の第4版(APG IV)まで継続的に改訂を重ねており、現在では世界的に最も権威ある被子植物分類体系の一つとして認知されています。多くの植物学的研究、フローラ編纂、植物標本館での整理において標準的な分類体系として採用されており、国際植物分類学会議(International Botanical Congress)での議論においても中心的な位置を占めています(Angiosperm Phylogeny Group, 2016)。
本ページでは、APG分類体系の学術的基盤と体系的構造について、国際植物命名規約(ICN: International Code of Nomenclature for algae, fungi, and plants)に準拠した客観的な整理を行います。記述内容は原典論文と公式発表に基づき、研究コミュニティにおける中立的な評価を反映したものとします。
成立と改訂史
APG分類体系の成立背景には、1990年代における分子系統解析技術の飛躍的進歩があります。特に DNA 配列決定技術の向上とコンピューター解析能力の発達により、従来の形態学的証拠のみに依存していた植物分類学に革新的な変化がもたらされました。APGは世界各国の系統分類学者が参加する非公式な研究グループとして発足し、被子植物全体の系統関係解明と分類体系の統一を目標として活動を開始しました(Angiosperm Phylogeny Group, 1998)。
APG I(1998年)では、それまでに蓄積された分子系統学的証拠を総合し、被子植物を460科に整理しました。この初版では多くの科が暫定的な配置に留められており、十分な系統学的証拠が得られていない群については「未確定科」として扱われました。APG II(2003年)では、追加的な分子データに基づいて457科への再編が行われ、目(order)レベルでの分類がより安定化しました(Angiosperm Phylogeny Group, 2003)。
APG III(2009年)は大幅な改訂版であり、科数を415まで削減しました。これは主として近縁な科の統合によるものであり、分子系統解析の精度向上により、従来独立していた科の単系統性が否定された結果です。同時に、新たな目の設立と既存目の再編も行われました(Angiosperm Phylogeny Group, 2009)。APG IV(2016年)では科数が462に増加しましたが、これは主として細分化された科の再独立によるものであり、全体的な系統関係の理解はより精緻化されました(Angiosperm Phylogeny Group, 2016)。
将来の APG V に向けては、ゲノムスケールでの系統解析データの蓄積、特に葉緑体ゲノム全長配列や核ゲノムの比較解析結果の統合が議論されています。また、化石証拠と分子時計解析の統合による分岐年代の精密化、系統地理学的証拠の導入なども検討課題となっています(Stevens, 2001 onwards)。
基本原則と方法論
APG分類体系の根本原理は単系統群(monophyly)の重視にあります。単系統群とは、共通祖先とその祖先から派生したすべての子孫からなる群であり、自然な進化単位を表します。APGでは、分子系統解析により支持される単系統群のみを分類群として認め、側系統群(paraphyletic group)や多系統群(polyphyletic group)の排除を基本方針としています(Angiosperm Phylogeny Group, 1998)。
分子データとしては、主として葉緑体 DNA 配列(rbcL、matK、ndhF 遺伝子など)、核リボソーム RNA 配列(18S、26S rRNA)、核低コピー遺伝子配列などが使用されます。これらの配列データは、最大節約法、最尤法、ベイズ法などの系統推定手法により解析され、統計的支持度とともに系統樹が構築されます。形態学的証拠も補完的に活用されますが、分子証拠と矛盾する場合は分子証拠が優先される傾向があります(Angiosperm Phylogeny Group, 2009; Stevens, 2001 onwards)。
命名法については、国際植物命名規約(ICN)への厳格な準拠が原則とされています。科名は通常、その科に含まれる代表的な属の名前に接尾辞「-aceae」を付けて形成されます(例:Rosa 属を含むバラ科=Rosaceae)。目名は「-ales」の接尾辞を持ちます(例:Rosales)。ただし、伝統的に使用されてきた科名(Compositae、Gramineae、Leguminosae 等)についても代替名として認められています(Turland et al., 2018)。
系統解析の信頼性確保のため、APGでは複数の独立した研究結果の統合、アウトグループの適切な設定、長枝誘因(long-branch attraction)などのアーティファクトの検出と回避が重視されています。また、分類階級の設定においては、系統的距離と分岐年代の両方が考慮され、実用性との妥協点が模索されています(Angiosperm Phylogeny Group, 2016)。
現行体系(APG IV)の全体像
APG IVでは、被子植物を64目462科に分類しています。最上位の分類では、被子植物は ANA 群(Amborellaceae、Nymphaeaceae、Austrobaileyales)、モクレン群(magnoliids)、単子葉類(monocots)、真正双子葉類(eudicots)の4つの主要群に大別されます(Angiosperm Phylogeny Group, 2016)。
ANA 群は被子植物の最基部で分岐したグループとされ、わずか3科8属約150種の小さな群です。Amborellaceae は1属1種の Amborella trichopoda のみからなり、ニューカレドニア固有です。Nymphaeaceae はスイレン科、Austrobaileyales はアウストロバイレヤ目に相当し、いずれも原始的形質を多く保持しています(Angiosperm Phylogeny Group, 2016; Stevens, 2001 onwards)。
モクレン群には、Canellales、Piperales、Laurales、Magnolialesの4目が含まれます。この群は双子葉類の基部に位置し、木本性、原始的花構造、特殊な精油細胞などの特徴を共有しています。主要な科としては、モクレン科(Magnoliaceae)、クスノキ科(Lauraceae)、コショウ科(Piperaceae)、ドクダミ科(Saururaceae)などがあります(Angiosperm Phylogeny Group, 2016)。
単子葉類は11目77科からなり、被子植物全体の約23%を占める大きな群です。Acorales、Alismatales、Petrosaviales、Dioscoreales、Pandanales、Liliales、Asparagales、Arecales、Poales、Commelinales、Zingiberales の11目に分類されます。イネ科(Poaceae)、ラン科(Orchidaceae)、ユリ科(Liliaceae)など、経済的・生態的に重要な科が多数含まれています(Angiosperm Phylogeny Group, 2016)。
真正双子葉類は最大の群であり、45目319科を含みます。基部真正双子葉類、コア真正双子葉類(core eudicots)、上位真正双子葉類(supereudicots)に細分されます。コア真正双子葉類にはバラ群(rosids)とキク群(asterids)の2大系統が含まれ、それぞれがさらに細分化されています。バラ群にはアブラナ科(Brassicaceae)、マメ科(Fabaceae)、バラ科(Rosaceae)など、キク群にはキク科(Asteraceae)、シソ科(Lamiaceae)、ナス科(Solanaceae)などの重要な科が属します(Angiosperm Phylogeny Group, 2016; Stevens, 2001 onwards)。
他体系との比較
APG体系以前の主要な分類体系としては、Cronquist体系(1981、1988)と Takhtajan 体系(1980、1997)が国際的に広く使用されていました。これらの体系と APG との間には、分類学的概念と分類群の配置において重要な相違点が存在します。
Cronquist 体系では、被子植物を6綱(モクレン綱、ハマメリダ綱、ナデシコ綱、ビワモドキ綱、バラ綱、キク綱)に分類していました。しかし、分子系統解析により、これらの綱の多くが多系統的または側系統的であることが明らかになりました。特に、ハマメリダ綱(風媒花植物を中心とした群)は完全に解体され、その構成科は真正双子葉類の様々な系統に分散配置されました(Angiosperm Phylogeny Group, 1998; Stevens, 2001 onwards)。
Takhtajan 体系では、より細分化されたアプローチが取られ、被子植物を多数の綱と亜綱に分類していました。しかし、この体系も形態学的特徴に基づいており、分子証拠とは整合しない分類群が多数含まれていました。例えば、単子葉類の内部系統関係について、形態学的証拠に基づく Takhtajan 体系と APG との間には大きな相違がありました(Angiosperm Phylogeny Group, 2009)。
現在の地域フローラや法規制での採用状況は多様です。Flora of North America、Flora Europaea などの主要フローラプロジェクトでは段階的にAPG体系への移行が進んでいますが、完全な統一には至っていません。ワシントン条約(CITES)や IUCN レッドリストなどの国際的な保護制度では、実用的観点から従来体系との併用が続いています(Stevens, 2001 onwards)。
主要な植物分類データベース間でも取り扱いに差異があります。Plants of the World Online(POWO)は Royal Botanic Gardens, Kew が運営しており、基本的に APG IV 準拠ですが、一部で独自の解釈を含んでいます。World Flora Online(WFO)は国際的な協力プロジェクトであり、APGベースでありながら地域的な慣行も考慮しています。Tropicos は Missouri Botanical Garden が運営しており、歴史的な分類体系との互換性も重視しています(Stevens, 2001 onwards)。
批判と課題
APG分類体系に対する主な批判は、分子データへの過度な依存と形態学的証拠の軽視にあります。特に、分子系統解析の結果が明確でない場合の分類判断や、形態的に大きく異なる分類群の統合については、一部の研究者から疑問視されています(Cronquist, 1988; Takhtajan, 1997)。
データ不足による暫定的配置も重要な課題です。分子データが十分に得られていない科や属については、系統的位置が不安定であり、新たなデータの蓄積により大きく配置が変更される可能性があります。特に、分布域が限定された固有種や絶滅危惧種では、サンプル収集の困難さから系統解析が不十分な場合が多いです(Angiosperm Phylogeny Group, 2016)。
科・目境界の不安定性も指摘される問題です。分子系統解析により近縁性が示された群をどのレベルで分割するかについては、客観的基準が確立されておらず、研究者間での見解の相違が存在します。これは特に、急速に種分化が起こった群や、逆に形態的変化が少ない群において顕著です(Stevens, 2001 onwards)。
参考文献
- Angiosperm Phylogeny Group. (1998). An ordinal classification for the families of flowering plants. Annals of the Missouri Botanical Garden, 85(4), 531–553. https://doi.org/10.2307/2992015
- Angiosperm Phylogeny Group. (2003). An update of the Angiosperm Phylogeny Group classification for the orders and families of flowering plants: APG II. Botanical Journal of the Linnean Society, 141(4), 399–436. https://doi.org/10.1046/j.1095-8339.2003.t01-1-00158.x
- Angiosperm Phylogeny Group. (2009). An update of the Angiosperm Phylogeny Group classification for the orders and families of flowering plants: APG III. Botanical Journal of the Linnean Society, 161(2), 105–121. https://doi.org/10.1111/j.1095-8339.2009.00996.x
- Angiosperm Phylogeny Group. (2016). An update of the Angiosperm Phylogeny Group classification for the orders and families of flowering plants: APG IV. Botanical Journal of the Linnean Society, 181(1), 1–20. https://doi.org/10.1111/boj.12385
- Cronquist, A. (1988). The evolution and classification of flowering plants (2nd ed.). New York Botanical Garden.
- Stevens, P. F. (2001 onwards). Angiosperm Phylogeny Website. Version 14, July 2017 [and more or less continuously updated since]. https://www.mobot.org/MOBOT/research/APweb/
- Takhtajan, A. (1997). Diversity and classification of flowering plants. Columbia University Press.
- Turland, N. J., Wiersema, J. H., Barrie, F. R., Greuter, W., Hawksworth, D. L., Herendeen, P. S., Knapp, S., Kusber, W.-H., Li, D.-Z., Marhold, K., May, T. W., McNeill, J., Monro, A. M., Prado, J., Price, M. J., & Smith, G. F. (Eds.). (2018). International Code of Nomenclature for algae, fungi, and plants (Shenzhen Code). Regnum Vegetabile 159. Koeltz Botanical Books. https://doi.org/10.12705/Code.2018